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エリート知識人が支持されない理由

 民主主義の中には必ず、エリート知識人が必要とされる。と、いうより、民主主義の繁栄にはその存在が不可欠なのだ。

 しかし、今日の日本ではエリート知識人は全く支持されていない。知識人達がこぞって支持をする共産党、民進を中心とする野党は連戦連敗。勝利するのは常に彼らの敵である安倍晋三自民党だった。弁護士、教育者、芸術家、学者……あらゆる種類のエリート知識人が反安倍を掲げたのにだ(無論、例外的な知識人もいる)。

 では、なぜエリート知識人は連戦連敗なのか?

 思い返せば、エリート知識人が勝っている光景を歴史の教科書でも見た事がない(私は2000年生まれ)。

 彼らはその敗因として、日本人がバカで、間抜けで、民主主義の偉大さがわからぬからと度々言う。私たちの主張に耳を傾け、理解すれば間違えなく私たちを支持してくれる、と言う。

 これは先の参院選でも同じだった。野党連合は「市民VS圧政者」という構図を必死に固めようとした事に象徴されている。「市民」であれば、絶対正義の私達について来てくれる、反対するもの達は愚かだ、と言う主張の象徴である。

 思うに、この姿勢こそがエリート知識人が支持されない最大の所以であるとおもう。彼らの主張の是非は、関係ないのである。

 「私達が正しくて、あなた達は騙されている」だの、「お前らはバカだ」などと言われて耳を貸すものがいるだろうか? エリート知識人は対話を訴えながら、対話のやり方を忘れているように思う。対話とは互いが対等であることを確信した上で行われるものだ。決して一方通行ではなく、独善的なものでもない。共存共栄の為のものだ。

 私は彼らが主張する「対話の世界」が一体どんなものになるのか興味がある。もしかしたら、帝国主義的対話が展開されるのかもしれない。

 しかし、私は確実にそんな世界を見る事はできない。彼らが帝国主義的対話を掲げる限り、彼らが国民の支持を得る事はないのだから。